感染・免疫研究部

ヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus: HIV)感染症と後天性免疫不全症候群(Acquired Immune Deficiency Syndrome: AIDS)との診療は、1995年に愛知県エイズ治療拠点病院に指定されて以来行われるようになり、1997年には厚生省エイズ治療東海ブロック拠点病院に指定され、それまで以上に多くの患者さんを診るようになりました。そして2008年4月、臨床に密着したAIDS/HIV感染症の先端研究、及びその成果や先端情報を臨床現場にフィードバックする役割を担う拠点形成を目指し、「感染・免疫研究部」が立ち上がりました。さらに、2009年度より名古屋大学大学院医学研究科の連携大学院講座「免疫不全統御学講座」になり、研究教育面にも力を注いでおり、大学院生(医学修士課程、博士過程)を受け入れております。

本研究部には2つの研究室があります。一つはHIV感染症に関連する疫学的・ウイルス学的研究を行う「免疫不全研究室(室長:横幕能行)」で、二つ目はHIV感染症の急性期における病態や合併症、AIDSにおける日和見感染症、抗HIV療法開始後の免疫再構築症候群に関する研究を行う「感染症研究室(室長:岩谷靖雅)」です。設備面では、高度安全実験室(BSL2, BSL3)、RI実験室、一般実験室、タンパク解析室、遺伝子解析室などが稼働し、基礎から臨床研究まで幅広く研究ができる環境です。また、専門・専攻を医学・薬学・理学・工学・生物情報学・検査学とするバラエティーに富んだ研究員・ポスドク、医師、実験補助員、大学院生(博士、修士課程)、計24名が集まり、それぞれの専門を生かしながら研究に取り組んでいます。

当研究部は病院に併設する施設であるという特色を生かし、基礎と臨床を両立した研究を行っています。AIDSは、HIVによって惹き起こされる死に至る重篤な疾患です。近年、AIDS/HIV感染症に対する抗ウイルス薬剤治療が進歩し、その予後が大きく改善されました。しかし、AIDS/HIV感染症の治療は未だ根治には至っておらず、慢性疾患のごとく長期に服用を続けなければなりません。そのため、長期的な視野で、将来おこりうる問題(例えば、薬剤耐性ウイルスの出現や副作用により治療が困難になる)を克服するための研究を行い続けなければなりません。そこで当研究部では、抗ウイルス薬剤治療によりHIVがどのように変化をして薬剤より逃避するのか(薬剤に対する耐性化)を分子レベルで解明する研究、さらにAIDS/HIV感染症に対して宿主(ヒト)がどのように対処しているのか明らかにし、新規治療薬開発に応用する研究に取り組んでいます。

 

薬剤耐性HIVの疫学動向調査研究

厚生労働省エイズ対策事業研究班による研究として、当研究室では薬剤耐性HIVの検査・疫学的動向調査などの全国ネットワークを統括・運営(代表研究者:杉浦)しています。 具体的には、新規HIV/AIDS診断症例および既治療症例における薬剤耐性HIVの検査・解析により、治療薬剤を選択するための情報を医療現場に提供するとともに、社会医学研究者と協力して新規HIV感染阻止に向けた予防啓発を行っています。また、米国CDC研究グループをはじめとする各国の薬剤耐性HIV研究グループとの連携により薬剤耐性ウイルスに関する最新の情報を共有し、グローバルな視点から薬剤耐性HIVの疫学研究を行っています。そのほかにも、薬剤耐性検査技術の標準化と外部精度管理の中枢機関として国内における薬剤耐性検査の質的管理を行っています。 (詳しくは「薬剤耐性インフォメーションセンター」をご覧ください。(http://www.hiv-resistance.jp/)

HIV-2/AIDSの疫学的および臨床検査研究

名古屋医療センターでは、近年、HIV-2感染5症例を経験しています。日本におけるHIV-2感染症例は前例がなく、短期間に複数例同定されるのは極めて異例な事態です。国内におけるHIV-2感染拡大を抑えるためには早急な対策が求められることから、本研究部はHIV-2の動向把握に向けた全国的な検査技術の開発と向上に取り組んでおります。さらに、日本においてHIV-2 の血中ウイルス量測定技術は標準化されていないため、本研究部において HIV-2 の血中ウイルス量測定や薬剤耐性検査を独自に確立し、治療をサポートしています。

 

薬剤耐性HIVの出現機構に関する基礎研究

近年国内で使用されはじめた新規抗HIV薬、プロテアーゼ阻害剤Darunavir、インテグラーゼ阻害剤RaltegravirそしてCCR5拮抗薬Maravirocに対する薬剤耐性ウイルス出現の機序を分子生物学的および構造生物学的解明に向けて取り組んでいます。本テーマは、名古屋大学大学院工学研究科との共同研究で行っています。

PR-Gagの共進化変異の解析

プロテアーゼ(PR)阻害剤投与に対する変異はPR分子内だけでなく、PRの基質であるGag内にも獲得されることがあるが、これは「PR-Gagの共進化」として知られています。本研究では、精度の高い生物学的手法およびバイオインフォマティクス的手法を組み合わせて、新規PR-Gag共進化変異を解析し、共進化変異とウイルス複製能の関連性について基礎的実験を行っています。本テーマは、東京医科歯科大学大学院との共同研究で行っています。

薬剤耐性HIVを克服する新規抗HIV薬剤開発研究

他施設との共同研究により、新規作用メカニズムを有する抗HIV薬剤の開発にも力を注いでおります。当研究室で独自に開発したランダムスクリーニング系を用いて、候補化合物の検索と詳細な分子生物学的な作用メカニズムの解析を行っています。判定実験に着手する準備を行っています。

HIV/HBV重感染症例の分子疫学的研究

国立病院機構大阪医療センターとの共同研究で、HIVとHBV重複感染症例におけるHBVの遺伝型を解析し、疫学的特性、背景などを解析しています。また重感染症患者の発生阻止に向けて、社会医学研究者と協力し、予防啓発に努めています。

HIV感染病態に関与する宿主因子の基礎研究

ヒトには本来、レトロウイルスの増殖を抑制する宿主因子APOBEC3G(A3G)が発現しています。しかしHIVの場合、ウイルスタンパクVifが感染細胞で発現し、A3Gと結合後ユビキチンープロテアソーム系での分解促進に働いています。そのため、HIVはこの宿主防御機構から逃れることができています。そこで、私たちはVifとA3Gの結合を阻害する(またはA3GをVifから保護する)ような新規な作用機序をもつ抗HIV薬剤の開発を目指し、A3Gの分子生物学的および構造生物学的解明を行うと共に、Vif-A3G結合阻害剤スクリーニング系の確立と薬剤探索、APOBEC3ファミリータンパクの発現制御機構の解明にも取り組んでいます。  さらに、HIV感染症における病態進行に影響を与える宿主細胞内因子の検索と分子生物学的な抗HIVあるいは複製促進作用機序について解析しています。

国際共同研究・国際協力への取り組み 私たちの研究室では米国NIH、CDC、University of Massachusetts, Stanford Universityとの共同研究を進めています。また、国際協力の一環として諸外国(タイ、ガーナ、イラン等)より研究者を受け入れて薬剤耐性等の研究指導を 行ってきました。

 

 

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