臨床研究企画管理部 臨床疫学研究室

室長 齋藤明子

 

はじめに

2008年5月1日付けで名古屋医療センター臨床研究センター 臨床疫学研究室長を拝命致しました。血液悪性腫瘍に対する臨床を学びながら、東京大学大学院医学系研究科へ進学し、生物統計学の基礎と、臨床試験の方法論で博士号を取得致しました。以降4年間、世界的にも有数の癌治療・研究施設である米国ダナファーバー癌センターへ留学し、治療の臨床的効果に、患者さんの生活の質(よりよく生きること)、医療経済効果などを加味し総合的に判断するアウトカム・ヘルスサービスリサーチとよばれる研究に携わりました。これらは、いずれも癌の治療を受ける患者さんに最適な医療を提供することを第一目的としたものです。当研究室では、主に癌患者さんを対象とした、1.標準的あるいは新規治療法を確立するための臨床試験の基盤整備と質管理、2.アウトカム・ヘルスサービスリサーチを使命として取り組む所存です。

 

臨床試験の基盤整備・質管理

臨床試験は、新しい薬剤や治療法の有効性と安全性を精密に調査する為の方法を指します。現在一般的に用いられている薬剤や治療法の殆どは、多くの患者さんや健常人ボランティアの方々のご協力を得て行われた臨床試験に基づいて発展してきました。今後も、臨床試験を通して貴重なデータを蓄積することにより、現在及び将来の患者さんに対し、より良い治療を提供できる可能性を秘めており、重要な役割を担っています。臨床試験は、期待される潜在的な効果と予測困難な毒性の発生という相反する2つの側面を持ち合わせています。試験開始前は、十分な医学的知見に基づいて臨床試験が計画され、得られたデータが十分に医学的疑問に答えられる形になっているかという試験の“科学性”の確認と、臨床試験の被験者に対する “安全性”、“倫理性”の最大限の確保のため検討が必要です。試験開始後、不適切な治療が施された患者のデータや、記載ミスや誤字・脱字の多い調査票から得られるデータは、患者の状態を正確に反映しませんし、仮にこれらのデータが正しく収集されても、電子ファイルへの誤入力が多ければ、集計・解析した最終結果は不正確なものとなり、医学的疑問への適切な回答が得られない為、試験を厳密に監視してエラーを予防する必要があります。多大な人的・経済的資源を投入し、臨床試験データの品質を保証する為の地道な作業(表1)があって初めて、臨床試験の結果が重要な意味を持つと言えます。名古屋医療センターは、血液・造血器疾患分野の政策医療の中心施設として、十分な根拠に基づいた治療方針を打ち立てていく役割を担っています。当研究室では、これまで築いてきたデータセンターとしての機能を、今年度より特定非営利活動法人臨床研究支援機構(NPO-OSCR)として独立させ、NPO-OSCRで扱う具体的な臨床研究及び疾患登録の経験(表2)を通して、臨床試験の方法論、データの品質管理・品質保証の方法論に関する研究を行っています。又、国立病院機構の血液疾患共同研究を推進する為の血液疾患のデータベース構築に取り組んでいます。更に、今後は院内の研究活動の活性化を目的とした啓蒙活動や情報発信などにも取り組みたいと考えています。

 

アウトカム・ヘルスサービスリサーチの必要性と国内での研究状況

血液・造血器腫瘍に対する医療技術の進歩に加え、支持・緩和療法、患者教育など、治療に関わる各種専門分野の分化、発達、成熟に伴って、臨床効果以外の研究の必要性が生じてきました。1. 医療費と費用効果。2. 患者の生活の質の向上。3. 医学的意思決定に関わる問題。4. 国内外から発信される数多くのデータの吟味、必要なデータを抽出し、治療方針の指針を作成する為に纏め上げる作業。更に、5. 特殊な医療技術へのアクセスのしやすさ、6. 医療の質に対する人々の関心も生じてきました。これらを解明する方法が、アウトカム・ヘルスサービスリサーチです。当該研究分野が発達した背景には、癌治療の特殊性が深く関与しています。まず、癌治療は非常に強力な為、患者さんは治癒の可能性と引き換えに、早期死亡のリスクを背負わされます。長期的生存が望めても、合併症に悩まされる可能性があります。治療選択が正しかったか、より良く生きる為に何を改善すべきか、という研究は必要不可欠です。治療方針のバラツキの問題1)には、特殊な治療法へのアクセスの問題も大きく関わっています。医療費の高騰化に影響を及ぼす医師の役割2,3)も大きいと言えます。限りある医療資源の有効活用を目的とした当該分野の研究の重要性が認識され、欧米では盛んに研究が行われていますが、残念ながら国内では極めて未熟です。当研究室では、稀少疾患である小児血液・造血器腫瘍領域を中心とした、全国規模の前向き疫学調査研究用のデータベース構築の検討を開始しました。将来的には、研究者が適切な医療の見直しの為に活用できるものにしたいと考えています。

 

参考文献

1. Lee SJ, Joffe S, Artz AS, Champlin RE, Davies SM, Jagasia M, Kernan NA, Loberiza FR Jr, Soiffer RJ, Eapen M. Individual physician practice variation in hematopoietic cell transplantation.
J Clin Oncol. 2008 May 1;26(13):2162-70.
2. Saito AM, Zahrieh D, Cutler C, Ho VT, Antin JH, Soiffer RJ, Alyea EP, and Lee SJ. Lower costs associated with hematopoietic cell transplantation using reduced intensity vs high-dose regimens for hematological malignancy. Bone Marrow Transplant. 40(3):209-17. 2007
3. Saito AM, Cutler C, Zahrieh D, Soiffer RJ, Ho VT, Alyea EP, Koreth J, Antin JH, and Lee SJ. Costs of allogeneic hematopoietic cell transplantation with high-dose regimens. Biology of Blood and Marrow Transplant. 14(2); 197-207. 2008