死亡率1位のがん「肺がん」
死亡率1位の要因はいくつかあり、その一つは患者の高齢化です。もともと症状がわかりづらく早期発見が難しい肺がんは手術が難しい状態まで進行していることが多い傾向にあります。
肺の入り口に発生する扁平上皮肺がんは、喫煙者に起こることが多く、早期発見であれば手術の選択がありますが、手術に耐えることが難しい高齢者は抗がん剤で進行を抑えることになります。
しかし、高齢になると免疫力の低下や臓器機能が衰えて副作用が強くでてしまい、長くは続けることは困難です。特に好中球が減少している際に感染症を起こしてしまうと重症化してしまう恐れがあり、非常に危険です。
高齢者には、より副作用の症状が軽い抗がん剤が必要になります。抗がん剤の種類によって副作用の症状は様々です。1種類の抗がん剤を使い続けると特定の副作用だけが強く出てしまう危険がありますが、複数の抗がん剤を利用すると副作用の危険を減らすことができるのです。
抗がん剤投与による化学療法
肺がんに対する抗がん剤はこれまで様々な種類がありましたが、日本では主にシスプラチンなどのプラチナ製剤とドセタキセルなどの抗がん剤の併用が標準治療として用いられていました。しかし、シスプラチンは副作用が強く、体力のある若者は回復しますが、高齢者用には、副作用が抑えられたカルボプラチンを投与していました。
世界各国では、プラチナ製剤との併用に、ビノレルビン、ペメトレキセド、パクリタキセルなどの抗がん剤も治療効果の試験が行われましたが、効果はほぼ横ばいになり副作用に応じて薬剤を選択していました。日本でも比較試験はありましたが、同様の結果になり従来の治療を続けてきました。
そんな中、世界的に利用されていたカルボプラチン+ナブ-パクリタキセルの治療データに高齢者への効果が特に高いとの報告に着目し、日本でこの組み合わせの薬剤に対する試験ができるよう行動した医師がいました。
なぜ高齢者の治療開発が必要なのか
抗がん剤はそれぞれに効果や副作用の違いがあり、がんの種類や進み具合、患者さんの身体や精神状態によって、そのときその人にとって最適な抗がん剤を投与していくことが大切です。
高齢者の場合は、さらに危険な副作用を乗り越えて得られる余命が元々の寿命と比べて有益であるか、合併症、後遺症などのリスクを考えてどこまで治療を行うのか見極める必要があります。
もともと肺がんは早期発見が難しいため、進行した状態で発見されることが多く、40代後半から患者が増加し、国内の肺がん患者は70歳以上が多くを占めます。
つまり回復が見込める若い世代で試験したデータだけでは高齢者の治療を続けていくのが困難になります。こういったことから、今回の試験が必要なのです。
新しい標準治療として認知
名古屋医療センターの小暮啓人医師は試験を行うために、資料を準備して全国の病院施設を対象に試験参加ご協力の声をかけていきました。北は北海道、南は九州まで92施設もの病院が参加し、試験が開始されました。
これまでの標準治療であったドセタキセルと比較して、1.68倍ほどの効果があることが中間解析の段階で証明されたので試験を早期に終了し、いち早く多くの患者さんへ使えるようにするため、アメリカ癌学会で発表しました。そして同年に新たな標準治療として国内で認知されました。
肺がんは1980年代から抗がん剤の治療が始まり、その頃の標準治療だった抗がん剤の治療が続いていたため、生存期間があまり伸びませんでした。
今回の試験で扁平上皮肺がんにおいて半年もの生存期間を伸ばすことを証明できました。これはとても大きな成果となります。
そして、診療ガイドラインへ新たな標準治療として掲載されました。診療ガイドラインとは科学的根拠に基づいて、順序立てた手法により作成された標準的な治療方針を記した文章になり、現在日本にはおよそ600もの診療ガイドラインが存在しています。どこの病院でも同じ質の治療を受けることができるように多くの専門家たちが集い、定期的に見直し、改訂をしています。
こうして、より良い治療が患者さんへ還元できるということが活力になり、日々新たな研究開発を重ねているのです。
【研究成果】この試験は2013年から始まり2021年6月に学会で発表
高齢者の進行扁平上皮非小細胞肺癌（NSCLC）におけるカルボプラチン＋ナブ-パクリタキセルの有用性が明らかになり、1次治療における新たな標準治療の1つとなりました。
